第二は、先進国の国内にも存在するアンジャスティスだ。このジャスティスの問題は、日本ではそれほど語られてこなかった。その大きな理由の一つは、日本は、米国などに比べて、少なくとも表面的には、様々な格差や分断の程度が小さいからだろう。一方、特に米国では、環境問題に関わるジャスティスは常に大きな問題となっていた。それはこれまで米国で積み重ねられた事実が背景にある。
具体的には、例えば、2005年8月にニューオリンズを襲ったハリケーン・カトリーナでの被害者は、貧困層、先住民、有色人種、女性、子供の割合が多かった。また、石油や天然ガスのパイプラインの敷設や鉱山開発などで影響を受ける人の中での先住民の割合も事実として極めて高い。もちろん、このような格差は途上国の中にも存在する。
ジェンダーの問題も気候変動に関わる大きなジャスティス問題だ。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、気候難民、すなわち主に集中豪雨、熱波、干ばつなどの気象災害で住む家を失ったり、離れたりせざるを得なくなった人は、現時点ですでに年間2,000〜3,000万人にのぼる。国連開発計画(UNDP)などは、このうちの約8割は女性と推定している。実際に、1991年にバングラデシュで起きたサイクロン災害での死亡者14万人のうち90%が女性であった。
筆者がこの第二のジャスティスを強く認識したのは、2014年9月21日、米ニューヨークでの史上最大規模の気候変動対策を訴えるデモ(クライメート・マーチ)に参加した時だ。そのデモの場で最も頻雑に叫ばれたチャント(かけ声)が “What We Want is Climate Justice!(私たちが求めているのは気候正義だ!)”であり、そこで批判されている対象は、「貧困」「格差」「有色人種・先住民・女性・マイノリティ差別」「資本主義」「戦争」「市場」「大企業・独占企業」「ウォール・ストリート」「原子力発電」などであった。
このようなジャスティスの問題を解決する(少なくとも状況を改善する)ためには、個人の努力だけでは不可能で、今の社会システムの変革が必要だというコンセンサスが気候変動問題を真剣に考える人の間で形成されたのは自然のなりゆきだと言える。今の社会システムを明確に定義するのは難しいものの、少なくとも、化石燃料産業を中心とする大企業が多額の政治的献金で政治家や官僚を動かして、自分たちの短期的な利益のみを求める企業活動には何ら歯止めをかけることなく、格差や分断を容認するような社会システムであれば、ジャスティスの確立も気候変動の阻止も不可能なことは明白だからだ。そして、ジャスティスの問題は、黒人差別に対するブラック・ライブズ・マター(BLM)運動などの様々な抗議運動と結びついて、どんどん大きなうねりとなっている。
米ニューヨークでのクライメート・マーチの3年前には、「私たちは99%だ(We are the 99%)」をスローガンとする「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」運動があった。その時に上位1%の富裕層の資産増加が問題になっていたが、今はもっと格差は広がっている。ゆえに、今、米国では自らを民主社会主義者と名乗るバーニー・サンダース上院議員が人気を集め、ジェネレーション・レフトと呼ばれる若い人が多く現れている。
経済格差と温室効果ガス排出との関係性は極めて大きい。例えば、現在、世界の富を持つ上位10%の人々がCO2排出の約50%を排出している。また、一国の中で貧富の格差が大きいほど1人当たりCO2排出は大きい。富裕層への課税強化と貧困層への再分配が国全体のCO2排出を減らすという研究結果もある。
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