日本は一部の私企業が気候危機への対策に積極的になりはじめる一方で、一部の企業や政府の動きはようやく、といったところだ。こうした状況では、日本そのものの国際競争力は低下する一方かもしれない。日本はどうあるべきか、前回に引き続き、UNEP-FI(国連環境計画 金融イニシアティブ)特別顧問で、CDP-Japanの代表理事、自然エネルギー財団の副理事長でもある末吉竹二郎氏に語っていただいた。
― 日本の銀行が変われないように、日本のエネルギー業界を含めた主要な産業も変われないのだと感じられます。
末吉竹二郎氏:世界のエネルギー業界は現在のシステムを壊して新しいものをつくる競争が始まっています。そうであるにもかかわらず、日本では新しいものをつくる努力が見えずに、飽くまで現状維持を続けているように見えます。これは罪作りな話だと思います。
無論、問題はエネルギー業界だけに限りません。EUは2021年にはカーボン・グローバル・アジャストメント(炭素国境調整措置)を導入するといっています。気候変動対策にきちんとコストを払っていない国からの輸入品には、コスト負担をしているEU域内との競争が公平になるような調整、例えば、輸入時に輸出者側に対して関税的なコスト負担を求めるとか、域内の輸入業者側に応分の負担を求めるとか、あるいは、輸入品を購入する域内の消費者に消費税的なものを負担させるとかが議論されているようです。気候危機という世界共通の問題解決には、それにかかるコストはみんなで等しく負担し合おうという大義名分です。
この制度が導入されると、日本では気候対策に追加的な負担を求められていないから、その分だけ安く輸出することで価格競争力が増すと思っていても、それに見合った相当額を、相手国の輸入時に調整、つまり、帳消しにされてしまうとか、相手国の消費者にとっては高い買い物になり買い控えるということになってしまいます。
仮に、日本の火力発電の電気で製造した商品が、CO2排出削減のための追加コストを回避したブラック商品だと認定されれば、EU域内で何らかの調整金をとられることになります。こうした事態になったとき、日本のメーカーはどこにその負担の矛先を向ければいいのでしょうか。もう、安い電気だから石炭火力だという話は世界レベルでは通用しなくなっているのです。
世界の先端では、石炭火力より再生可能エネルギーの方が安くなっていますし、同じ負担をするならば、日本国内でコストをかけて気候対策に取り組むべきではないでしょうか。少々高くなっても、国内で再エネを増やし、それで作ったグリーン商品として輸出するのがまっとうな時代になってきたのです。
はっきり言うと、世界が省エネと再エネをベースにゼロに向かって猛スピードで走っているのに、未だに石炭火力発電を後生大事にしているのは、相対的に見れば、日本は思考の停止どころか、後退であり、まるで19世紀に向かって走っているようなものです。
2020年9月16日、ブリュッセルでのウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長 ©European Union, 1995-2020
― なかなか厳しい評価ですが、その一方で、末吉さんが日本の代表理事でもあるCDPに対して、調査に応じる日本企業は増えています。特に、2019年と2020年にスコアAを獲得した企業数は2年連続で米国より多く、世界一だったと思います。
末吉氏:直近の調査では、最高のAリストになられた日本の企業は66社と世界で一番です。これらの企業の皆さんに調査へのご協力への感謝と、Aリスト入りへのお祝いを申し上げます。この例が示すように、気候危機への対応如何が、国際マーケットに残れるか否かを決める要件になってきたと、国際的にビジネス展開している企業は強く感じ始めています。
誰もが知るアップルという会社があります。サウジアラムコを抜いて時価総額世界一の企業になりました。日本で一番のトヨタ自動車の10倍の時価総額です。そのアップルはすでに自社の世界のすべての施設で再エネ100%を達成済みですが、その先には、2030年までにサプライチェーン全体でのCO2ゼロを目指しています。アップルの場合、部品等のアウトソース先が非常に大きく、それらを含めてCO2ゼロにしなければ、本当の意味でアップルがCO2排出ゼロにならないからです。その意味する所は、この先、アップルはCO2ゼロの電気を使って製造した部品でなければ買わない、ということになります。つまり、CO2ゼロが取り引きをするための必須条件、いわば、商業ルールになってきたのです。
この商業ルールはこれからどんどん拡大します。もし、日本が、これらが必要とする再エネを日本国内で供給できないとなると、それらの企業は工場を再エネが豊富な国に移転せざるを得なくなるかもしれません。国際ビジネスを展開している私企業は、こうした現実に晒されているのです。
2年前に、気候変動イニシアティブ(JCI)をスタートさせたのは、きちんと気候危機に取り組んでいる企業が、日本政府の遅れた温暖化政策や目標に足を引っ張られている状況を解消したかったからです。これらの企業が自らの声を内外に届ければ、正当な評価が得られると考え、そのためのプラットフォームを作ることで彼らを支援できると思ったのです。JCIへの加盟は毎週のように増え続け直近では515と500の大台を超えました。
Appleは、2030年までにサプライチェーン全体で、100%カーボンニュートラルにすることを約束(Apple Press Releaseより)
― 2015年のパリ協定は、地球の平均気温上昇を2℃よりうんと低く、できれば1.5℃未満に抑制する努力を目標としました。更には、2018年に気候変動に関する政府間パネル(IPCC)がまとめた、いわゆる「1.5℃報告書」が2.0℃では極めて深刻な結果になる内容だったことから、1.5℃でなければならないという危機感が世界に広まりました。
末吉氏:改めて言うまでもなく、世界の目標は1.5℃になりました。そのことがはっきりしたのが2018年のCOP24(ポーランド)でした。僕も参加したカトヴィツェの会場では、2.0℃は一度も聞きませんでした。2.0℃の文字を一度も見ませんでした。にも拘らず、日本は2050年▲80%削減のままで動こうとしませんでした。
― 日本も2020年10月に、漸く2050年カーボンニュートラルを宣言しました。2050年80%削減からネットゼロに目標を変更したということになります。とはいえ、大幅削減という点では、大きな違いはないように見えますが・・・。
末吉氏 そんなことはありません。80%削減とネットゼロは似て非なるものです。両者は全く別世界の話です。当面の大幅削減では同じように見えますが、両者は全く違った軌道に乗っており、終着駅が全く異なるのです。
一つだけ簡単な例を挙げましょうか。80%削減は低炭素化です。低炭素化の下では、CO2排出を出来る限り減らすことに価値がありました。仮にCO2排出が残っていても、減らすことに意義があったのです。ですから、自動車でいえば、燃費効率の高いエンジン車が競争上優位でした。日本の自動車メーカーの得意分野です。
ところが、ネットゼロを目指す脱炭素化の時代になると、どんなに少量であろうとも、CO2排出が残る限りではNoなのです。つまり、どんな高燃費効率のエンジンを積んでいても、あるいはHVであろうとも、エンジンを積んでいる限りはNoなのです。今年(2020年)の2月と11月の2度にわたって、ボリス・ジョンソン英首相は、エンジン車の販売禁止の開始期限を2040年から2030年に前倒ししました。低炭素化から脱炭素化への移行はこんな新しい競争を生み出していくものなのです。
将来の車にはエンジンは要らないとなると、自動車メーカーにとっては、一大事です。様々な変革が要求されます。例えば、これから採用する人材が大きく異なってきます。ネットゼロを目指すのであれば、エンジン関連のエンジニアは不要になりませんか。逆に、モーターなど電気関連のエンジニアが大量に必要になるのではないでしょうか。
2050年ネットゼロは決して2050年の話ではないのです。メーカーなどにとっては、既に、今日の問題、明日の問題として競争が始まっているのです。
ボリス・ジョンソン英首相 Climate Ambition Summit 2020にて (Picture by Freddie Mitchell / No 10 Downing Street.)
― ところで、2050年ネットゼロは昨日今日始まった話ではありません。2015年のパリ協定成立以降、世界はネットゼロに走り始めました。ネットゼロを宣言した国も既に120を超えています。日本の場合、なぜ、世界の変化に遅れたのでしょうか。
末吉氏:もう昔話になりますが、1997年に京都で開かれたCOP3(気候変動枠組み条約第3回締約国会議、通称「京都会議」)の折、日本は世界の圧力の下で大きな削減率を飲まされたとの悪夢が残り、それ以降、積極的な行動をとらなかったと聞いたことがあります。それはそれとして、最近の日本を見ていると、世界の新潮流に遅れているのは別に気候危機の問題に限りません。
日本はよく、少子高齢化など課題先進国であると言われていますが、この20~30年の日本を振り返ってみると、多くの長期的、構造的課題に上手く対応できていないように思います。その理由の一つが、高度成長の結果、世界有数の豊かな国になり、そこで満足し、同時に、既得勢力が大きな力を手にして、大きな改革を阻んできたような気がします。
更に言えば、地球規模の問題、それは日本にとっても重要な問題なのですが、それらへの対応が極めて内向きになっているからではないでしょうか。
世界があってこその日本なのに、世界の問題を自分の問題として捉えることをためらっています。問題を認識しても自ら率先して働こうとしません。世界が汗をかいて生んだ新しい潮流やルールが日本に押し寄せてきて初めて受身的に動き始めるのです。
ビジネスで言えば、日本の経営者はもっと世界に目を開いて、自分の在任期間というスパンでモノを考えるのではなく、もっと、長い時間軸でモノを考え、決断し、行動することが必要なように思います。今、大変革の時ですが、こういう時代だからこそ、CEOの英断と実行が求められていると思います。
とは言え、これはCEOだけの問題ではなく、政府も働く人も国民の問題です。敢えて言えば、日本は国全体として長期的、且つ、グローバルな視点で戦略的に考え、行動する力を失ったようにも見えます。
(Interview & Text:本橋恵一、山田亜紀子)
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