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パリ協定における透明性枠組みの活用

パリ協定における透明性枠組みの活用

2020年04月02日

連載 気候変動問題を戦略的に考えよう (3) 

気候変動問題は、枠組みや削減目標があれば解決できるものではなく、適切な理解とそれを機能させるための戦略が必要となってくる。それなしには具体的なGHG(温室効果ガス)の排出削減は進まない。では、その戦略はどのように立てられているのか。その背景、狙いは何なのか。気候変動枠組条約のスタート以前から、さまざまな立場でこの問題に関わってきた、松尾直樹氏(公益財団法人地球環境戦略研究機関 上席研究員/シニアフェロー)による、気候変動問題の解決に向けた本質的な論考をお届けする。

パリ協定は国際的なPDCAサイクルになっているのか?

前回の話をまとめると、パリ協定の制度設計の特長は、各国目標が「自主」であるという制約に対して、“だからこそ、「すべての国の参加」するしくみである”として、(国際合意不要の)「タイムリーな強化」というメリットに結びつけた制度デザインであると言うことができる、と説明いたしました。

そしてその制度のエッセンスとして、
● 向かうべき気温ゴールの設定
に加え、
● 5年ごとの、各国の目標設定(期間延長と強化)と、それを合算してグローバルに気温ゴールに向かっているかどうかのチェック
● 2年ごとの、各国の自国目標に向かっているかの進捗チェック
という2つのサイクリックなプロセスの重要性を説明しました。

これらは、一見PDCAサイクルのようにみえます。

ただ、よく考えてみますと、前者は「次期目標設定」に関するもの、後者は「進捗評価」を行うものであって、PDCAのA (Act / Adjust) に繋げられるか? という点が明確に意図された制度設計にはなっていません(それを意図した文言も入っていません)。

うがった言い方をするなら
● 目標はambitionにすぎず、目標の数字だけが一人歩きして、そのための行動計画と乖離したものとなる(目標達成できるだけの行動計画ができない)
● 進捗評価は、国際的な「透明性」のために行うものでしかなく、それ自体が目的となって、削減を促進することには結びつかない
といった状況に陥る可能性を持っています。

気候変動緩和に向けては、それに向けての「アクション」をどれだけ有効に導入・実施できるか? という点がもっとも重要であるわけですが、どんな立派な目標も、どんな透明性の高い報告も、アクションとその実績が伴ってはじめて意味を持ちます。
逆に、目標設定も透明性の報告も、そのための「手段」でしかないわけですね。

「アクション」促進のために透明性枠組みは役立ってきたか?

もちろん、パリ協定の精神は、(目標もそうですが)アクションは各国がそれぞれ自由に行うものであり、国際的に(上から)すべきアクションを規定する、ということはありません(京都議定書の場合でも、対策の種別や具体的内容を規定することはありませんでした)。

その一方で、実は、透明性に関する各国からの報告は「shall事項」、すなわち義務なのです。

これは、気候変動枠組条約がつくられたときもそうでした。ボブ・ラインシュタインという当時の米国の交渉代表から直接聞いたのですが(彼はいろいろ「裏」や「背景」を話してくれました)、この報告制度を義務事項にすることで、できるだけ(自主アクションがベースの)条約の実効性を高めようとしたわけです。

そして、この透明性の報告制度は、気候変動枠組条約が発効してから続くことになり、およそ四半世紀の歴史を重ねてきました。気候変動枠組条約の場合には、主対象は先進国ですが、きちんと毎回レビューも行われてきました。わたしは初回からレビューチームの一員として参加してきましたので、そのいきさつや内容をよく知っています。

ただ、これらの報告制度やその審査制度が、個々の国の政策に何らかの影響を与えてきたか? というと、残念ながら答えは「そうとはいえない」もしくは「それはかなり限定的だった」のです。

それには、いくつか理由があります。

a)報告書を作成して提出すること自体が目的化していた。
b)報告書作成を主管する環境関連省庁と、実際のアクションを行う他省庁の関係が薄い。

最初のa)に関する点は、よくありがちな話ですね。本来の目的が忘れ去られ、形式的な手続きをきちんとこなすことが目的化するということです。

b)の点は、気候変動問題が「環境」問題である以上、なかなか避けがたい点でもあるのですね。気候変動問題は、ほとんどすべての省庁に関するクロスカッティングな問題なのですが、環境省庁は通常は政府内では調整官庁で、力があるわけではありません。
ただ、国別報告書、GHGインベントリー(温室効果ガス排出・吸収目録)、NAMA(途上国における適切な緩和行動)、NDC(パリ協定における排出削減目標)と、こうした25年の歴史の中で、各国の政府の中での省庁間の協力体制は強化されてきています。これはよい傾向になっています。

文章を書くことのメリット

みなさんは、すこし長い文章(たとえばここではレポートとしましょう)を書いたことがあると思います。いかがだったでしょうか? レポートを書く前と書いた後で、書いたテーマに関するご自分の理解は同じだったでしょうか?

おそらく、書いた後の方が、かなり理解が深くなったことと思います。たとえ自分がよく内容を把握しているテーマだとしても、文章化するためには、その構成や論理的繋がりを再考し、あやふやな部分はきちんと調べる必要が出てきます。わかっていたと思う部分が、実はよくわかっていなかった… というようなこともよくあります。

すなわち、「レポートを書く」という行為自体は、たとえそれが外部の人に対するものであっても、実は、むしろ「書いた本人にとって非常に有効な自己のキャパシティービルディングになる」わけです。

その国のために透明性枠組みをどう役立てることができるか?

それでは、パリ協定に戻って、2年ごとに各国が書くことが義務づけられている「隔年透明性報告書」も、そのメリットを最大限活かすようにすべきではないでしょうか? キャパシティービルディングは、非常に重要なものとしてパリ協定でも考えられていますが、透明性枠組み自体が、そのもっとも有効な手段でもあるわけです。

では、「有効なキャパシティービルディング」効果を発揮するためには、どうすればいいのでしょうか?

パリ協定における気候変動緩和に関する報告は、以下のように決まりました。

大別すると、NDC(目標)の内容に関する部分(図の上の部分:NDC Guidance【mitigation】)と、NDC達成に向けての進捗状況(透明性枠組み)に関する部分(図の下の部分:Transparency Framework MPG)になります。

後者に関してですが、Ⅲで示されるうちの
C. どんな情報が進捗評価に必要か? の説明
D. 主要政策措置の内容
E. 排出量(トレンド)に関するサマリー
F. 将来シナリオと推計
の記述が求められています(実際はさらに細かく記載内容が規定されています)。

これらは、自国の状況をきちんと把握するために、とても重要な情報ですので、報告化することで、担当者が、まさに「自国の進捗状況」を、把握するために役に立ちます。

プラスアルファとして有効なこと

ただ、内容を説明するだけでなくそれを記述したあとに、「その結果をどう解釈して、それをどうこれからのアクションにおいて反映していくつもりか?」という点も記載するのであれば、記述のみが目的化することが避けられますね。
「振り返ってもういちどよく考えてみる」という機会になります。わたしは、自分がレビューアーになったときには、いつもこのことをリマインドしてもらうように、サジェストしています。

加えて、有効な「分析ツール」をつかった自己分析を行ってもらうことも、自己キャパシティービルディングには非常に有効となります。

たとえば、茅恒等式を用いた要因分析などです。CO2排出量の変化を、

CO2排出量変化
= 外生的な活動量(GDP変化など)変化
+ エネルギー効率の変化(マクロ経済的な変化を含む)
+ エネルギー転換の変化

という原単位変化に分解したもので、右辺第2項と第3項に、省エネと燃料転換に分けられた政策の効果が現れてきます。目的によっては、異なった要因分析に応用することも容易です。

このツールは、もともと非常に複雑で難しかったグローバルなCO2排出量を計算する多くのエネルギー経済マクロモデルの結果から、それらのエッセンスを抽出するために、当時東京大学教授だった茅陽一先生が考えられた方法です。
そのシンプルさと抽出度が優れているゆえ、いまや多くの先進国や国際機関で用いられています。実際は将来推計よりも過去実績に対して用いられてきていますが、もちろん将来推計に対する理解にもかなり有効です(繋げて考えるともっと有効ですね)。いつか回を改めて、日本にあてはめた分析例などをご紹介しましょう。

原単位変化に着目した分析は、日本の省エネ法や経団連の自主的イニシアティブでも、もはや標準的なツールとして用いられています。

さらには、その国のNDC自体や、主要政策措置に関するPDCAサイクルを記述してもらうことも有効ですね。それをきっかけに、PDCAサイクルを導入したり、見直したりすることに繋がる可能性もあります。
ちなみに、日本のNDC行動計画である地球温暖化対策計画や、前述の省エネ法、経団連の自主対策なども、きちんとPDCAサイクルに基づいたものになっています。わたしは、これはある意味地道な努力であるわけですが、日本が他国に対して誇れることだと思っています。これに関しても、また回を改めて議論いたしましょう。

「結果の自己解釈」や、「要因分析」「PDCAサイクル」などは、いまのガイドラインにはあらわな形で要求事項として含まれていません(わたしは含めるように政策提言レポートを書いたのですが)。ですが、その有効性を主張し続け、また実際に自主的にそれを行う国が出てくることで、次回のガイドライン改定において、導入されることを願っています。

実際、これらは、何度か途上国の人向けにキャパシティービルディングプログラムとして提供し、計算までしてもらっています。それによって彼らは十分に自分で計算することができるようになります。その計算結果を踏まえて、国内で専門家を交えて議論を行うことで、各国での理解がよりいっそう進み、適切な目標設定や対策をとっていくことが可能になっていくことと思っています。

松尾直樹
松尾直樹

1988年、大阪大学で理学博士取得。日本エネルギー経済研究所(IEE)、地球環境戦略研究機関(IGES)を経て、クライメート・エキスパーツとPEARカーボンオフセット・イニシアティブを設立。気候変動問題のコンサルティングと、途上国のエネルギーアクセス問題に切り込むソーラーホームシステム事業を行う。加えて、慶応大学大学院で気候変動問題関係の非常勤講師と、ふたたびIGESにおいて気候変動問題の戦略研究や政策提言にも携わり、革新的新技術を用いた途上国コールドチェーン創出ビジネスにもかかわっている。UNFCCCの政府報告書通報およびレビュープロセスにも、第1回目からレビューアーとして参加し、20年以上の経験を持つ。CDMの第一号方法論承認に成功した実績を持つ。 専門分野は気候変動とエネルギーであるが、市場面、技術面、国際制度面、政策措置面、エネルギー面、ビジネス面など、多様な側面からこの問題に取り組んでいる。

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