電力システム改革の一環として、近年は相次いで新しい市場の創設が続いている。非化石市場や容量市場、ベースロード市場などだ。ところが、これらの新市場は、気候変動政策との整合性という課題がありそうだ。それがどういうことなのか、エネルギージャーナリストの木舟辰平氏が解説する。
温室効果ガスの排出量を2050年にゼロとする――。2020年10月26日の「カーボンニュートラル宣言」により、数年かけた準備の末にようやく創設に漕ぎつけた電力の新市場に、早くも時代遅れの雰囲気が漂っている。経済産業省には、政策立案の大前提が変わったことを受け止め、制度の根本的な再構築も厭わない真摯な姿勢が求められている。
ここ数年は、電力供給構造の抜本的な変革につながる地殻変動のような動きが続いている。
2018年7月、再生可能エネルギーの主力電源化を明記したエネルギー基本計画が閣議決定された。2019年4月、洋上風力発電の本格導入に道を開く再エネ海域利用法が施行された。
2020年7月、非効率の石炭火力発電をフェードアウトさせる方針が打ち出された。そして、極めつけが10月のカーボンニュートラル宣言である。
2020年10月26日、衆議院本会議で所信表明をする菅首相
こうした動きと並行して取引開始に向けた準備が進められていたのが、非化石価値取引市場、ベースロード市場、容量市場という3つの新市場だ。
資源エネルギー庁などの審議会における詳細設計の議論を経て、まず非化石価値取引市場が2018年5月、FIT電源の価値に限定した取引を開始した。2020年11月には非FIT電源の価値も取引対象に加えた。ベースロード市場は2019年8月に初取引を実施。容量市場は2020年夏に初めてのオークションを行なった。
これらの市場の創設が正式に打ち出されたのは、2016年12月公表の「電力システム改革貫徹のための政策小委員会」の中間取りまとめだ。
つまり、各市場の大きなコンセプトは、再エネ主力電源化など電力政策の地殻変動が起き始める以前に講じられている。そのため、取引開始から間もないこの時期に時代遅れ感が早くも出ているのは仕方ないとも言える。
時代遅れの雰囲気が最も濃厚なのは、容量市場だ。
昨夏の初オークションの約定価格が上限価格に張りついたことで、新電力などが制度の抜本的見直しを求めているのは周知の通りだが、電源の種類などによって経済的価値に差をつけないという制度設計が、非効率石炭火力フェードアウトなどの政策と矛盾するとの声も、カーボンニュートラル宣言を機に強まっている。
例えば、河野太郎行政改革担当相は2020年12月1日に開かれた「再エネ規制の総点検タスクフォース」初会合で、容量市場について「新たにカーボンニュートラルという前提条件の変化を入れた議論をしてほしい。ゼロベースで議論して問題ない」と注文をつけた。
こうした声を受けて、資源エネルギー庁は同年12月24日の制度検討作業部会に、非効率な石炭火力は、設備利用率によって支払う容量確保金に差を設ける、との修正案を提示した。発電量が多い電源ほど支払額を減額することで、フェードアウト政策との整合性を取る狙いだ。また、新電力の訴えに対しても、約定価格周辺の落札電源など一部の電源を除いて、容量確保金を減額するとの案を示した。
だが、こうした見直しはあまりにも対症療法的だと言える。実際、委員やオブザーバーからは脱炭素の流れと適合的な供給力確保の仕組みを大胆に検討し直すべきといった意見も出た。
容量市場ほどあからさまではないが、ベースロード市場にも時代遅れ感が漂う。
低調な取引状況がそのことを暗示している。取引初年度である2019年度通年の約定量は53万4,300kWで新電力全体の前年度の販売電力量実績の4%弱だったが、2020年度の約定量はさらに少ない33万2,100kWにとどまった。
その主因として、大手電力等による売り入札価格がスポット市場と比較して安くないことが上げられる。問題なのは、こうした市況が一過性のものではなく、電源構成の変化という構造的な要因に起因すると考えられることだ。スポット価格の下落は近年、限界価格ゼロ円の再エネの導入拡大に伴って着実に進行しており、2015年度の9.8円/kWhから2020年度上期には5.3円/kWhまで下がっている。
そもそも、再エネ主力電源化へ向けた政策転換の中で、「ベースロード電源」という概念自体が揺らいでいる。
非効率石炭火力のフェードアウト政策の一環として検討が開始された送電線利用ルールの見直しは、基本的に全ての電源が系統混雑時に出力抑制を受け得る「ノンファーム型接続」へと移行する方向で議論が進んでいる。再エネなど非化石電源よりも、火力発電が先に出力抑制を受けるとの当面の基本的なルールはほぼ固まっている。
最後になるが、非化石価値取引市場は、小売電気事業者に課した2030年の非化石電源比率目標44%を確実に達成させるための市場だ。44%の達成は、2013年比で温室効果ガス26%削減という日本の国際公約を果たすために欠かせない。
だが、カーボンニュートラル宣言を受けて、同市場の存在価値を根底から揺さぶりそうな動きが顕在化している。排出量取引など、カーボンプライシングの導入に向けた機運が大きく高まっているのだ。
環境省の審議会を中心に、制度検討の議論が今後本格化する見込みで、実際に導入されれば電力分野では非化石価値取引市場と政策目的が重複しかねない。
2030年に向けた中間目標が、今年度から設定されたことで同市場は本格的な取引が始まったばかりだが、歴史的使命を終える日は案外近いかもしれない。
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