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三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 吉高まり氏にきく 後編
気候変動問題の国際的枠組みであるパリ協定では、気温上昇を2℃未満にすることが目標だった。しかし近年は1.5℃未満、2050年カーボンゼロ(脱炭素)という議論が主流になりつつある。日本はそうした議論に取り残されていやしないのだろうか。三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社経営企画部副部長/プリンシパル・サステナビリティ・ストラテジストの吉高まり氏が日本企業の抱えるリスクを指摘する。
―気候変動問題、あるいはパリ協定への対応といったとき、以前であれば、2℃上昇のシナリオへの対応でした。しかし2018年にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が1.5℃特別報告書を公表してからは、COPでの議論も1.5℃上昇のシナリオになりつつあるような気がします。これは金融、あるいは機関投資家においても同様なのでしょうか。
吉高まり氏:MSCIの気候変動指数(MSCI Climate Change Indexes)は、1.5℃対応を支援するために次世代データを分析・活用し、最新情勢を反映するとしています。今年(2020年)初めには、米資産運用大手ブラックロックのラリー・フィンク最高経営責任者は投資先企業の経営者に宛てた年次書簡で、各社の取締役会は気候変動問題への取り組みを強化しなければならないと警告しました。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は日本の上場企業の銘柄の殆どを保有しているといわれますが、その次に保有規模があるのがブラックロックといわれます。
特に日本の場合、石油系燃料や石炭火力発電に依存しているため、目標が2℃でも大変な努力が必要ですが、1.5℃であればなおさらです。したがって、企業は長期シナリオを作成し、その実現に向けて少しでも早期に行動を起こしていくことが求められます。
もちろん、業界によって、実現の困難さ、優先順位や行動に関して濃淡があると思います。それでも、金融機関としては、脱炭素社会へのトランジション(移行)を後押ししようと考えていますし、それによって付加価値がつくことが金融機関にとって、新たな資産価値の形成となります。
IPCCは気候変動を1.5℃に抑えるためには、2050年頃までにCO2排出量をほぼ「ネット(正味)ゼロ」にする必要があるとしています。EUは、2050年のCO2排出ネットゼロを宣言し、経済、市場をそこに向かって構築しようとしています。そのために、サステナブル・ファイナンスのアクションプランを立て、グリーンディール政策で資金の流れを作り、脱炭素社会への移行に民間資金を流すための政策を打ち出しています。
EUのサステナブル・ファイナンスのタクソノミー(分類)は、気候変動の緩和・適応等が対象になっており、水素エネルギーや電気自動車などが含まれています。一方、石炭火力、石油は分類に含まれていません。天然ガスは議論されており、原子力は現段階ではタクソノミーに含めることを適格とせず、今後の技術評価の強化が推奨されています。
―米国は2020年11月に大統領選挙があります。民主党のバイデン候補が勝った場合、気候変動政策は大きく変わると思います。
吉高氏:民主党のバイデン候補は、パリ協定への復帰、2050年にCO2排出ネットゼロなどを謳っています。同候補が大統領になれば、気候変動対策のインフラに4年間で計2兆ドルの投資をすると言っており、マーケットをつくり雇用を増やそうとすることが考えられます。公的資金がどこに流れるかで市場も反応します。
興味深いのは、現在、米国の投資家は、あまりSDGsのことは口にしませんが、ESGの観点では、気候変動問題が重視されています。
―なぜ米国でSDGsはいわれないのですか。
吉高氏:持続可能な開発という概念は、1987年に国連の「環境と開発に関する世界委員会」でブルントラント委員長(当時のノルウェー首相)が発表した報告書で初めて打ち出され、その後1992年にブラジルのリオで開かれた、国連主催の「環境と開発に関する国際連合会議」(通称:地球サミット)で広く普及しました。このような概念を欧州が引っ張って来たということはいえるのかもしれません。
米国で開かれたESG関連のコンファレンスで、投資家に欧米のESGに関する違いを聞いたことがあります。欧州では哲学的歴史的背景があると思うが、米国では新たな市場作りに関心があり、SDGsは米国では浸透していない、とのことでした。最近、米国のSASB (サスティナビリティ会計基準審議会)が同基準とSDGsの見解やガイダンスを公表していますので、今後は注視していきたいと思います。
一方、気候変動問題では、そもそも排出権取引制度は米国で始まったものですし、2005年のハリケーン・カトリーナなどの甚大な被害を受けたことなどが政策や経済に大きく影響しています。
―災害が深刻化すれば、気候変動問題への関心が高まるということですが、日本ではそうはなっていません。
吉高氏:元来、欧米諸国では、比較的気象災害が少なかったため、突然の異常気象で甚大な被害が出るようになって、関心が高まりました。また、米国カリフォルニア州などは、地震のほか、ハリケーン、山火事などの災害が多いところだからこそ、カルパース(カリフォルニア州職員退職年金基金)などの機関投資家が熱心になったともいえます。山火事の被害は世界的に甚大化しており、気候変動との関連性が特にいわれるようになりました。
その点、日本は逆に、災害が多く防災を考えることが当たり前になりすぎているのかもしれません。「日本は八百万の神の国で、自然とともに生きているから」と話す方もいますが、昨今の状況は果たしてそのようなレベルなのでしょうか。災害リスクと気候変動リスクは分けて考える時代ではないと思います。
ハリケーン・カトリーナの被害 2005年―コロナ危機はESG投資にどのような影響を与えるのか、その点についてお願いします。
吉高氏:このコロナで私たちの生活は一変しました。そして、今後、コロナとともに世界経済に急速なパラダイムシフトが起こると考えられます。
2020年4月に欧州議会で発足した「グリーン・リカバリー・アライアンス」には50以上の金融機関が賛同を表明していますし、2020年5月にはインベスター・アジェンダ(低炭素社会への移行を推進する機関投資家イニシアチブ)の創設パートナー7団体がポストコロナの経済回復計画において持続可能性と公平性を重視し、パリ協定に整合するゼロエミッション経済への移行を要求しています。
グリーン・リカバリー・アライアンスの設立を伝えるPascal Canfin欧州議会環境委員会委員長のTwitterコロナ危機でCO2排出が激減しましたが、経済が回復すると元に戻るのでしょうか?
Build Back Betterといわれますが、パリ協定の目標を達成するには、このコロナ危機下の排出削減以上の努力がいるといわれます。
日本では来年取り纏めが予定されている第6次エネルギー基本計画において、エネルギーミックスを検討する上で、化石燃料と再生可能エネルギーの比率は重要課題です。日本として世界の中で生き残るにはどのような選択があるのか、そして、そのことはあらゆる産業で検討される必要があると思います。
しかし、欧州においては、すでに化石燃料使用の議論はなく、ネット排出ゼロに向けて、どのような資金が必要かに関心が向かっています。欧州委員会が提言した、グリーン・リカバリー、すなわち、COVID-19からの復興に対する景気刺激策等に「グリーン」の要素を盛り込む構想では、水素エネルギー、熱波に対応するために建物の省エネ化、DXによる社会システムの効率化を進めるなどの目的で使用されるようです。
また、冒頭にも申し上げましたが、今回のコロナ危機で、非財務情報の重要性があらためて認識されました。多くの企業が短期の業務見通しが出せない状況で、金融機関や投資家が、非財務情報で企業価値を測ろうとしたのです。この傾向は今後さらに強まるでしょう。
―気候変動は方向性が決まっているという点で、終わった問題だということですね。では、今はどのようなことに関心が高まっているのでしょうか。
吉高氏:サーキュラーエコノミーに関心が高まっています。CDPも気候変動、水、森林、サプライチェーンなどに次いで、プラスチック問題への対策についての情報公開を求めていこうとしています。ビジネスにおいて、異常気象や乱獲などによる資源の枯渇は、原料調達の持続可能性の問題として問われるようになってきました。例えば、ファストファッション系の株式を欧州の投資家は手放す方向にあります。
―ここまで、ESGのうちでも、気候変動問題を中心におうかがいしてきました。しかしこれ以外にも、S(社会(Social))の問題である人権など、さまざまなESGのリスクがあると思うのですが、あらためて日本企業が考えておくべきことというのはありますでしょうか。
吉高氏:ESGにおいては、経営層が何を語るのかということが重要だとお話ししました。コロナ禍では、Sが注目され、その対応を経営層がしっかり発信しているかで影響されます。
海外のESG投資家と話したときに、日本企業のSに対するリスク感度の低さに懸念が示されました。これは、ガバナンスとも関連しますが、日本企業の経営層は、同年代の男性ばかりで、学歴、キャリアもほぼ同様であり、このような同質の経営層で、これからの不確実性の高い環境に柔軟に対応していけるのかどうかということです。むしろ、予測できない将来に対しては、多様性が企業の強靭性につながるのではないかと考えているのです。
日本では人種の多様化はすぐの問題でないとしても、それ以外では女性はもちろん、アーティスト出身の取締役がいてもいいし、若い世代が参加してもいいのかもしれません。Sは、サプライチェーンも含めた、従業員に対する働き方の対応や人権問題などが含まれます。女性の管理職や役員を増やすということは、中期ではなく長期的に計画を立てて実行していくことになりますから、Sの情報になります。もちろん、候補となりそうな社員が退職してしまうこともあるでしょう。様々な可能性を念頭に、フレキシブルに対応できる企業であることを示してよいのだと思います。
このように考えると、人権の問題や多様性といったことも、気候変動と同じように、長期的に考えて対応していかなければならないリスクであり、また、それらに対処できれば、企業の価値の向上につながるのです。
(Interview & Text:本橋恵一・山田亜紀子)
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