連載 気候変動問題を戦略的に考えよう(6)
気候変動対策としての政策以外にも、さまざまな政策が気候変動問題に影響を及ぼす。エネルギー政策はその代表的なものだろう。こうした、気候変動対策以外の政策が、どのように気候変動問題に影響するのかを考えることも、政策の立案と実行において、必要なことだろう。今回は、こうした点について、松尾直樹氏(公益財団法人地球環境戦略研究機関 上席研究員/シニアフェロー)が検討していく。
前回、「再エネの持つ複数の価値の評価方法」という題目で、再エネ価値とCO2削減価値の混同に由来してルールが複雑化していることを紹介しました。そして、異なった付加価値を峻別することで、わかりやすい考え方と仕組みができるというお話をしました。
どんな問題かということや、その問題への対処方法も、ふつうは他の問題などにも関係してきます。気候変動問題は、環境問題の一つとはいえ、とりわけ分野横断的な(クロスカッティングな)性格が強い問題です。すなわち、そのような「視座」を常に持つことが重要です。更に言えば、その「他の問題」側からのアプローチがより有効なことも多くなります。というより、気候変動問題に関しては、そのようなアプローチがエッセンシャルと言えるでしょう。
下の図は、気候変動問題を、いろいろな側面を考えるにあたって、考慮すべき要素の一部を書いてみたものです。かなり概略にとどめたつもりですが、実に多くの要素が関係してくる(=そのことを考える必要がある)ことがおわかりになると思います(もちろん、気候変動問題のどの側面においても、各要素の重要度は異なってきます。その中のどれが「本質」をあらわしているか? を見抜くということは、とても重要です。これはまた回を改めて論述しましょう)。
気候変動緩和(GHG削減のことです)に関する仕事をやっていると、あたりまえと思っていたことが、よく考えてみると実ははっきりわかっていなかった…ということが、ときどきあります。
わたしは、UNFCCC(気候変動枠組条約)における各国の国別報告書の審査プロセスに長年かかわっているのですが、先日、リモートで開催されたLead Reviewers会合において、「気候変動緩和政策措置」の記述において、各国はすべての政策措置をリストアップすべきかどうか? という点が議論のテーマに挙がりました。
そもそも、「気候変動緩和に関する政策措置」ってどういうものでしょう?*
よく考えてみると、単純ではありません。たとえば、「省エネルギー政策」は、通常は気候変動緩和政策に含めて考えますが、第一の目的は、エネルギーのユーザーにとっての「エネルギーコストの削減」でしょうし、国にとっては「エネルギーセキュリティー強化」が歴史的にも第一目的だったでしょう。産業政策としての競争力強化や、電力供給安定性などの政策目的もあるでしょう。
気候変動緩和が、何番目の政策目的か? という点はあまり議論しても仕方がないと思いますが(一番ではないと思います)、それでも、省エネ政策を気候変動緩和のための政策措置に位置づけることに異論がある人はいないと思います。
そう考えると、気候変動緩和の政策措置とは、その政策措置の第一目的はともかく、「結果としてGHGが削減することが見込まれるもの」というものではどうでしょうか?
わたしは、このクライテリアは、意味があると思います。このクライテリアをもとに、あらゆる主要政策措置やアクションを評価してみてはどうでしょうか? そして、実はここで評価することの狙いは、GHG削減だけでなく、増加となる政策措置にも光を当てるという意味があります。
GHGの「削減」に寄与するものだけでなく、「増加」に寄与する政策をあらわにすることは、政府全体の方向性を明らかにする上で、重要だと思います。削減側だけ評価することは、うがった見方をするなら、増加側を隠蔽しようとするとみなされるかもしれませんし、なにより「大幅な増加」を顕在化し、緩和しようとするきっかけになります。ちょっとした工夫で増加が減少に転ずる政策措置も多いでしょう。
*ちなみに、UNFCCCプロセスの各国からの国別報告書や隔年報告書の報告では、「各国が独自にそうだと判断した政策措置」といった暗黙の了解があるようです。日本の場合には、温対法の行動計画である地球温暖化対策計画にリストアップされ、それぞれにPDCAサイクルの仕組みが設定されています。
実際、GHGのことをほとんど評価せずに設計されてきた政策措置も多かったわけです。もっとも気候変動問題に関係の深いエネルギー政策においても、たとえば「電力市場の自由化」という非常に大きな政策が、GHG削減への寄与というコンテクストで、プラスなのかマイナスなのかは、定量的な評価がなされず、またこの視点が政策立案にどのように組み込まれているのか(あるいはいないのか)も、明確ではありません。
みなさんもよろしかったら、考えてみて下さい。
たとえば…
それぞれに、プラスマイナス両面の可能性や方向性がありますし、詳細な制度デザインによってその方向性が逆転することもあります。ただ、プラスマイナスのどちらに振れる場合にでも、その効果は、他の政策措置と比較してかなり大きくなると想定できるでしょう。
ひとつ留意しておくべき点は、それぞれの政策措置は、その本来の(気候変動緩和以外の第一の)目的があり、それを効果的に達成するためにGHGが結果として増えてしまう方向にあったとしても、その政策措置が否定されたり、修正を余儀なくされたりする必要はありません。ただ(もしそのGHGの点の影響が大きいと想定されるなら)、GHGの評価を事前にきちんと行って、その影響を把握しておくことは、政府全体の政策の一貫性という意味で、重要なことでしょう。
エネルギー政策分野でわかりやすいものとして、石炭火力の問題などは、その氷山の一角(ただしかなり目立つもの)ですね。もちろん原子力なども、影響は大きいです。意思決定において、政策目的としてインパクトの大きい要素は、きちんと「全部」テーブルにのせて、相対的重要性や代替案を考慮した上で、判断をしたいものです。
もっとも、そのようなプラスマイナス効果を認識した上で、気候変動緩和要素をその政策措置の中には組み入れず(=その政策措置は本来の目的に注力し)、気候変動緩和という側面はよりオーバーオールなカバレージを持った政策措置(たとえばキャップアンドトレード型排出権取引や炭素税)において対応する、という方法もあります。
個人的には、この「各種付加価値や政策目的を独立して扱う」というアプローチが、複雑性を回避し、より全体効率性を高めるという点で、優れていると思います。
もっと卑近な例として、10%の消費税を考えてみましょう。一般消費税は、「消費に対する課税」という間接税であり、所得税のような累進課税型ではありません。でも、それは、所得税とは異なった目的の課税制度であるため、欠点ではありません。ただ、そこに別の目的(たとえば低所得者対処)にも対応するため、各種の例外措置を組み入れるというアプローチが採られることがあります。一方で、消費税はあくまで本来の目的を実現化するものとして一律課税にしておいて、低所得者への対処は、別のそれに特化した措置を導入して対応するというアプローチもあります。わたしは後者の方が優れていると思います。
わたしは、ベーシックインカムという制度が好きなのですが、これもそのような考えに沿ったものになっています。
日本は、なかなかそのような「多種の政策目的を総合的に取り扱い、それぞれの政策目的に適した各種手段を選択する」というようなアプローチを採択しにくい環境にあるのが、残念です。
連載:気候変動問題を戦略的に考えよう
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