カーボンニュートラル(炭素中立)な社会のエネルギーシステムとは —主要エネルギーそれぞれの役割を考える— | EnergyShift

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カーボンニュートラル(炭素中立)な社会のエネルギーシステムとは —主要エネルギーそれぞれの役割を考える—

カーボンニュートラル(炭素中立)な社会のエネルギーシステムとは —主要エネルギーそれぞれの役割を考える—

2020年12月16日

連載 気候変動問題を戦略的に考えよう(12)

前々回、前回とCCU(CO2回収利用)に対するナイーブな疑問から、燃料系を中心にカーボンニュートラルな社会のエネルギーシステムのひとつのイメージまで考えてみた。ここではさらに電力まで含めそれを深化させる形で、松尾直樹氏(公益財団法人地球環境戦略研究機関 上席研究員/シニアフェロー)が考察する。

前回までの結論

再生可能エネルギー、CCUS(CO2回収利用/貯留)、カーボンリサイクル、水素エネルギー社会、分散エネルギー社会など、炭素中立を目指す将来のエネルギーシステムを象徴するキーワードはよく見かけますし、「それぞれの」議論やレポートをみることも多いのですが、それら全体を鳥瞰して、それらのキーワードをジグソーパズルのピースとして一枚の絵にしたものは、あまりなさそうな気がします。

前々回、前回の議論は、CCUに対するナイーブな疑問から、それを少し掘り下げてみて、二次エネルギーシステムという視点で、各種エネルギーの役割を考察してみました。ここでは、定量的とまではいかないまでも、コスト面の大小関係を考えてみることで、カーボンニュートラルな世界のエネルギーシステムにおけるそれぞれのエネルギーの役割に関して(かなり大胆に)考察を行ってみましょう。
まず、前回までの結論を以下にまとめてみましょう(なお、ここでのCCUはエネルギー関係に限ります。建材などへの利用はCCSと同値と考えます)。

(a)CCSとは異なり、CCUやカーボンリサイクルがカーボンニュートラルの実現に大きく貢献するためには、製造される合成燃料が、下記のいずれかから合成されたものでなければならない。

  • 「カーボンニュートラルな製造による水素」
  • 「そうでなければ大気中に存在することになった炭素」

CO2削減の原資はカーボンニュートラルな製造方法による水素にあり(利用エネルギーのオリジンは水素の酸化反応にある)、炭素にあるわけではない(天然ガス由来の水素を用いた場合には、通常の燃料転換の効果しかないが、それなら直接天然ガスを燃料利用しようとするほうがよい)。

(b)「カーボンニュートラルな水素」とは、再生可能エネルギー電力を用いて水を電気分解したものと、CCSが付置された化石燃料発電電力がありうる(CCUは対象外)。コスト減少トレンドとポテンシャル面から考えると前者が本命であろう。

(c)カーボンニュートラルな合成燃料の炭素成分(そうでなければ大気中に存在することになった炭素)は、化石燃料消費施設のCO2をキャプチャーしたもののほかに、バイオマスの炭素成分なども利用できる。

(d)CCUなどで製造するカーボンニュートラル合成燃料の意義は、水素をそのまま使うことが難しい場面でも、既存のエネルギー輸送インフラや多様な燃料消費施設で、ほとんどそのまま使うことができるということにある。もちろん可能なら水素をそのまま使った方が総合効率は高いため、水素利用技術が経済的に利用可能となるまでの「つなぎ」の役割となる。

(e)CO2削減の主役(オリジン)はカーボンニュートラルな水素である。それがカーボンニュートラルな電力から製造されるということは、相互変換が容易な「電力と水素による二次エネルギーシステム」をベースに考え、それにカーボンニュートラルな電力を供給し、また(使い勝手のための合成燃料のボディーのために)カーボンニュートラルな炭素を供給するという図式で考えるとわかりやすい(図1)。

図1: カーボンニュートラル社会のエネルギーシステムイメージ

これらが、前回までの主要結論でした(水素系燃料輸入は考えていませんでした)。
ここでは主として燃料関係の部分を議論してきたわけですが、一方で、「電力も交えて」考えたらどうだろうか? という点は、まだ論じていませんでした。よく考えてみると、これら燃料関係の議論が吹っ飛ぶかもしれません。

考察の前提と新たな疑問

ここで考えてきたシステムを構築する技術は、そのほとんどが経済性の点でまだ開発途上にあります。そして、カーボンニュートラリティーのオリジンの大部分は、今後もかなりのコスト低下が見込まれ、またポテンシャルも大きいVRE(Variable Renewable Energy:風力と太陽光など変動する再生可能エネルギー)による発電に依存するとしています。

ここでは、将来のVRE発電コストはかなり低下し、また日本や世界のエネルギーの全量を供給できるような状況を前提としましょう。ちなみにこのコスト低下は、炭素価格に伴う追加コストを含んだ化石燃料由来電力と比較した「相対的」なもので十分です。

炭素価格をどう設定するか? ということは、その時点の政策の要求事項として決定されます。一律とは限りません。将来のガソリン車規制のような場合には、(その用途に限定して)無限大の炭素価格が設定されたと考えればわかりやすいかもしれません。

そして、その他の技術も、かなり経済性が改善されるということを仮定します。とはいえ、低コスト化には時間を要するでしょうし、また限界もあるでしょう。商業ベースでは実現化できない技術も多くみられることになりそうです。

ここでは、さらにいくつかの新しい疑問点を掲げ、それをベースに、本当にこのようなシステムが機能するのか? そのための要件は? それに至る時間的遷移(移行期間)はどう考えればよいのだろうか? という点を考察してみることにしてみましょう。

Q1. どうして「燃料」が必要なのだろうか? 電力だけではダメか?

図2: 日本の最終エネルギー消費の内訳(2017年 IEA統計、非エネ消費を除く)

現在、日本の最終エネルギー消費における電力の比率は、約32%(2017年IEA統計、OECDは25%、非OECDは20%)です。諸外国よりは高いですが、意外と電力の比率は低いですね。

ただ今後、自然体でも電力の比率は高まると考えられる上に、カーボンニュートラルを目指す上では、大きなポテンシャルが期待されるVREが電力の形態ですので、専門家のほとんどは、電力化をかなり高い水準に上げることが、低炭素化のためにも必要であると考えています。

運輸用の燃料消費(27%)は運動エネルギー転換用なので除くとすると(ただし、将来はかなりの部分が電力で代替されると期待されます)、41%が熱エネルギーとしての燃料利用になります。

これらはなぜ電力が使われていないのでしょうか?

電気は非常に使い勝手のよいエネルギー形態で、何にでも容易に利用することができます(熱機関の温度という概念で考えるなら無限大の温度に相当します)。一方で燃料や熱はそうではないわけですね。それにもかかわらず、燃料が用いられているのは、もちろん燃料の方が安いからですね(化石燃料発電の場合、燃料の持つエネルギーの半分程度しか電力になりません)。電子機器など電気しか対応できない用途や、利便性などを重視する場合には電気が使われますが、燃料でなんとかなるシンプルな用途にはそちらの方が経済的なわけです。

これは現状の話なのですが、将来のカーボンニュートラル社会ではいかがでしょう

カーボンニュートラル社会では、水素の場合にでも、あるいは合成燃料の場合にでも、(カーボンニュートラルな)電力から製造されることを想定しています。現状の燃料から電力が作られる場合と逆なわけです。言い換えると、電力の方が安いわけですね。安くて、かつ利便性も最高なら、当然、電力がエネルギー源として選択されます。わざわざ割高な水素燃料や、さらに割高な合成燃料を使用するインセンティブはありません。

Q2. カーボンニュートラル社会における燃料の役割は?

そのように理解すると、カーボンニュートラルな社会では、燃料形態のエネルギーの役割は、下記のいずれかにほぼ限定されるといえるでしょう。

  • エネルギー長距離輸送(送電が難しい海外からのカーボンニュートラル燃料輸入)
  • エネルギー貯蔵(短時間から長期まで)
  • 電力だけでは対応が難しい一部の産業用途や運輸用途
  • 自前で海外の安いカーボンニュートラルな水素系燃料が調達できる場合の経済合理性
  • CCS付きの化石燃料発電の燃料

図2をみても、民生はよく知られているようにオール電化が十分に可能ですし、運輸も現在でも飛行機やheavy-duty vehicle(重量車)を除けば電気自動車化でほぼ電化が可能です。

残るは産業部門ですが、実に多様なエネルギー用途があるわけです。まとめると、200℃以下は温水と蒸気を、ボイラーで作っています(コジェネもありますが)。これについてはヒートポンプも利用できます。また、それ以上の温度になると、各種の工業炉が利用されることになります。一部の工業炉においては、燃料形態の方がエネルギーインプットとしては望ましいかもしれませんが、それ以外は電気へのシフトが可能でしょう。制御もより容易になります。

Q3. 水素価格 vs 電力価格

上記では、カーボンニュートラルな電力を使って水素が製造されるのだから、エネルギー1単位あたりで

電力価格 < 水素価格

と考えました。

これが成立しない3つのケースを考えてみましょう。なおここでの「電力価格」は、「電力の実需要向けの電力価格」を意味します。

A. ひとつは、海外から安価なカーボンニュートラルな水素(もしくはメチルシクロヘキサンなどの水素キャリアの形態)を輸入するケースです(その調達チャネルを持っている業者のケースになります)。あるいは国内での水素生産が経済的にほとんど行われず、国内エネルギーのかなりの部分が海外からの輸入に基づく(現在のような)場合には、市場価格という点で、「水素価格 < 電力価格」 が実現するかもしれません。

実際、メチルシクロヘキサンなどはジェット燃料として使うこともできますし、海外での再生可能エネルギー(水力も含む)は日本よりかなり安いので、輸入カーボンニュートラル燃料がかなりのポーションを占める未来像もありえると思います(エネルギーセキュリティーその他の点を考えると「目指すべき」社会かどうかは別の問題です)。

B. もうひとつは、水素製造業者が国内調達する電力が、非常に安価なカーボンニュートラル電力の場合です。そのような政策誘導もあるかもしれません。または比較的常時に電力需要を大きく上回るカーボンニュートラル電力が供給されるような場合(IEAのカテゴリーではVRE普及のフェーズ6)には、電力の実需要を超えた部分(余剰分だが間欠的ではないと想定)はそれなりに安価で販売されるかもしれません。この価格は需給の関係、もしくは海外からのカーボンニュートラル燃料輸入価格との競合関係で決まってくると思われます。

C. 3つめは、(水素製造のための購入余剰電力価格が実需要価格より低いという前提のもとで)水素の付加価値が高く評価されるケースです(この付加価値を水素価格に反映させたと考えてください)。たとえば電力グリッドの各種需給調整市場における価値ですね。当然、他の各種需給調整手段と競合します。ただ、ある量がそれに使われることはあっても、毎年消費されるものではありませんので(電力と水素のシーソー)、暫定的なものとなります。

このようなケースが成立するなら、ほぼすべてが電力にシフトするということはなくなりそうです。

図3: 競合する3つのエネルギー価格

もちろん、完全なカーボンニュートラルエネルギー供給がなされず、一部化石燃料が用いられているようなケース(森林などの吸収源があればネットではゼロにできます)や、過渡的な移行期間のケースでは、この限りではありません。

残された課題

以上、いろいろな頭の体操をしてきました。

このように考えると、たとえば

水素を広めなければならない

  • 安価な製造のためには大きな需要が必要
  • 水素の汽力発電技術開発が必要

というような見方は、ボタンを掛け違えているということがわかると思います。

「(燃料電池でない)大規模水素発電は、海外から多量の水素を輸入し、それで日本の電力を賄う」という(いまの化石燃料を水素に置き換えた)システムを指向する場合には合理的かもしれませんが、「国産カーボンニュートラル電力で水素を製造する」システムを指向する場合、何をやっているかわからないですよね(電力由来の燃料で電力をつくるわけですから)。

またここでは、バイオマスの議論を行ってきませんでした。合成燃料として外部からの水素投入が少なくて済むBTL(biomass-to-liquids)燃料、もしくはバイオマスから水素を取り出す技術などは考察を行っていません。まだかなりの技術開発と、収集コストの低いバイオマス利用が必要でしょう。

議論ができていなかった残された大切な点は、将来のカーボンニュートラルなエネルギーシステムに至る「過渡的」な状況をどう想定するか? という点です。図4は、それを最終エネルギー消費と電力源の比率に関するイメージです。類似の図を、熱源比率、輸送用エネルギー源比率、水素源比率、燃料中の炭素源比率、グリッド調整機能技術比率などで描いてみようかとしたのですが、いまのところできていません。複数のシナリオをきちんと設定し、シナリオ別に考えてみるべきだと思います。

図4: 最終エネルギー消費と電力源の比率の推移イメージ(横軸が時間)

このような時間推移を考える上で、たとえば合成燃料は、過渡的な状況で効いてくるわけですね(最終状態では、電力がメインで、補完する燃料は水素というイメージです)。

すなわち電力化が不十分で、また燃料利用シチュエーションが化石燃料からまだ抜け出せない時期に有効であるわけですが、その時点ではまだ安価なカーボンニュートラル水素が利用できないような気もします。そうすると、天然ガス由来水素を用いて合成燃料を製造することになりますが、それなら最初から(合成をせずに)化石燃料をそのまま使った方がいいでしょう。

上記のように考えると、CCUやカーボンリサイクルが大きな意味を持つ時期は、スキップされてしまうか、あるいは短期間におわる可能性もあります。本当は、このあたりはきちんと議論すべきかと思いますが、現状は「普及させるべき」という結論から議論が始まっているように見えます。

本論考では、カーボンニュートラルな社会におけるエネルギーシステムの将来像はどのようなものか? という「ターゲット」の議論を行いました。

エネルギー基本計画の検討の場において、カーボンニュートラルな社会と、それに至る過渡的状況におけるエネルギーシステム像を、少なくとも(複数の)イメージとしてテーブルに乗せ、それをベースに議論する機会をもつべきかと思いますが、いかがでしょうか?

本論考がその一助となれば幸いです。

連載:気候変動問題を戦略的に考えよう

松尾直樹
松尾直樹

1988年、大阪大学で理学博士取得。日本エネルギー経済研究所(IEE)、地球環境戦略研究機関(IGES)を経て、クライメート・エキスパーツとPEARカーボンオフセット・イニシアティブを設立。気候変動問題のコンサルティングと、途上国のエネルギーアクセス問題に切り込むソーラーホームシステム事業を行う。加えて、慶応大学大学院で気候変動問題関係の非常勤講師と、ふたたびIGESにおいて気候変動問題の戦略研究や政策提言にも携わり、革新的新技術を用いた途上国コールドチェーン創出ビジネスにもかかわっている。UNFCCCの政府報告書通報およびレビュープロセスにも、第1回目からレビューアーとして参加し、20年以上の経験を持つ。CDMの第一号方法論承認に成功した実績を持つ。 専門分野は気候変動とエネルギーであるが、市場面、技術面、国際制度面、政策措置面、エネルギー面、ビジネス面など、多様な側面からこの問題に取り組んでいる。

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