気候変動問題における平均気温上昇の目標は、2℃ではなく1.5℃以下を中心に議論されることが多くなっている。求められているのは、2050年カーボンゼロという長期削減目標だ。テック企業をはじめ、様々な企業が、この目標達成の前倒しに動いている。SDGsという面からValue Frontier代表取締役の梅原由美子氏が解説する。
野心的なCO2削減に取り組む世界的なテック企業
2020年に入り、世界的なテック企業による「気候中立宣言」が相次いで発表されている。
マイクロソフトは2030年までにカーボンネガティブに、2050年には1975年の設立以来排出した累積CO2排出量をゼロにすると宣言。グーグルは1998年の設立以来の累積排出量のオフセットが完了し、2030年には全世界のサービスを再生可能エネルギーで提供することを宣言した。次いでアップルが、2030年にサプライチェーン全体で気候中立になる目標を掲げ、すでに取引先200社のうち70社から賛同を得たことを発表した。
これら企業の宣言は、EUや世界全体が目指す「2050年の気候中立」より、20年も前倒しの野心的な内容だ。なぜ彼らは、気候変動問題にそこまで熱心なのだろうか。
連載第7回は「プラネタリー・バウンダリー」でリスクが高いとされる、「気候変動」について、SDGsとの関連で考えていきたい。最近よく聞く「1.5℃目標」とは、一体何を目指し、企業は具体的に何を求められているのだろうか。
2030年までにカーボンネガティブになるというマイクロソフトの計画を発表したマイクロソフトのブラッド・スミス社長、エイミー・フッド最高財務責任者(CFO)、サティア・ナデラ最高経営責任者(CEO)。(2020年1月15日/写真:Brian Smale)シリコンバレーのあるカリフォルニアで「ギガファイヤー」
グーグルやアップルの本社があるカリフォルニア州では、今年(2020年)8月から続く森林火災により400万エーカーが消失し(東京ドーム35個分相当)、州史上初の「ギガファイヤー」を記録した。大規模な森林火災は、生物多様性を大きく低下させ、近隣住民への健康被害も心配される。専門家やカリフォルニア州当局は、火災の原因は、”Climate Crisis(気候危機)” であるとの見解を示した。
「プラネタリー・バウンダリー」では、気候変動の「限界値」を「(大気中CO2濃度が)350ppm」としている。これは大気中の主な温室効果ガス(以下、GHG)の世界平均濃度である。この濃度が高いほど放射強制力による温室効果が高まり、地球温暖化が促進される。
しかし、2018年には過去最高の「407.8ppm」が記録され、すでに境界を大幅に超えている。世界気象機関は「将来、深刻な温暖化の影響を受けることになる」との警告を発表した。
では実際、現在どのぐらい温暖化が進行していて、今後どのぐらい進行を抑える必要があるのだろうか。
なぜ気温上昇の長期目標はパリ協定の「2.0℃」ではなく「1.5℃」目標なのか
「IPCC第5次報告書」によると、工業化以前に比べて現在までに、地球の平均気温は1℃上昇している。1℃の温暖化など、大した影響がなさそうに聞こえるのだが、実際には1℃であっても、サンゴの死滅や、豪雨災害、干ばつによる森林火災の多発などの極端な気象現象リスクが高まることは、すでに観測によっても裏付けられているところである。
さらに報告書が示した最悪のシナリオによると、このまま温暖化が進むと、今世紀末に大気中のGHG濃度は1,000ppmに近づき、平均気温は4℃上がる可能性があるという。一方、GHG濃度を450ppmに抑えられた場合は、2℃の上昇にとどまる可能性が高い。
2015年のパリ協定ではこの「2℃目標」が合意されたが、その後に発表された「IPCC1.5℃特別報告書」により、2℃より1.5℃の方が、気候変動リスクを抑え、社会便益も大きくなる可能性が示されたことから、現在は1.5℃が最新の「科学的なエビデンス」に基づく望ましい目標水準となっている。
RCP8.5:非常に高いGHG排出となるシナリオ。RCP6.0/RCP4.5:RCP2.6と8.5の中間的なシナリオ。RCP2.6:厳しいシナリオ。工業化以前に対する世界平均の気温上昇を2℃未満に維持することが高い可能性であるシナリオの代表。RCPとは代表的濃度経路。IPCC 第5次報告書よりオレンジ色の扇型の幅は、過去の排出量と2100年までの期間にわたる4つのRCPシナリオの排出量によって駆動された、様々な階層の気候-炭素循環モデルから得られる過去と将来予測の値の広がりを示し、利用できるモデル数の減少につれて色は薄くなる。楕円は、作業部会で使用されたシナリオ区分の下で簡易気候モデル(気候応答の中央値)から得られた、1870~2100年の二酸化炭素累積排出量に対する2100年における人為起源の全気温上昇量を示している。IPCC 第5次報告書より経営者による気候変動のリスクを機会への理解が問われる時代 GoogleCEOのメッセージ
この「1.5℃目標」の達成には、社会のあらゆる側面において、前例のない脱炭素化へのイノベーションと行動変容が求められる。なぜなら、世界のGHG濃度を450ppm以下に抑えるためには、あと10年で排出量を約半減し、そこから20年で実質ゼロにする必要があるからだ。
しかし、前述した企業の宣言を読んでみると、1.5℃で求められる水準を、さらに前倒しで上回る、非常に野心的な計画であることが分かる。その具体的な中身は、再生可能エネルギーや蓄電池への開発投資、リサイクル素材の利用、サーキュラーデザイン、サプライヤーのGHG削減支援から、自然再生(Natural Base Solution)や貧困コミュニティ支援など環境・社会面で多岐にわたる。
グーグルCEOのサンドラー・ピチャイ氏は宣言に際してこう述べている。「科学は明白である。世界は気候変動の最悪の結果を避けるために、今、行動しなければならない」。今や経営者自らが、気候変動によるリスクと機会を理解し、ガバナンスにコミットしているかどうかが社会に問われる時代となったのだ。