前編では、日本におけるカーボンプライシングの議論が、コスト負担ばかり強調されているという問題を指摘した。実際にはコスト効率的な手段になるものだ。後編では、これをいかに成長戦略に組み込んでいくのかという点について論じる。前編に引き続き、松尾直樹氏(公益財団法人地球環境戦略研究機関 上席研究員/シニアフェロー)による、気候変動問題の解決に向けた本質的な論考をお届けする。(前編はこちら)
いまのカーボンプライシングの議論は、「成長に資する」ことが(GHG削減と並んで)重要な要素となっています。ですが、どのような見方で考え、どうデザインすれば、成長戦略の一環となりうるのでしょうか? ここでは、この点を考えてみましょう。まず3つの視点が思いつきます。
上で述べた3つの視点は、比較的容易に考えつくものです。ほかにはないでしょうか? せっかくですので、すこしアクロバティックな考え方をしてみましょう。
カーボンプライシング政策手法は、前述(前編参照)の(a)–(c)で表されるように、化石燃料の価格を上昇させることで、排出削減を促進させる、ということが、その第一の特徴です。
ただ、サイドイフェクトというかバイプロダクトもあります。上で示したような、
というのも、そのひとつですね。
実は、もうひとつ大きな、いわば「コインの裏面」があります。それは、
という特徴です。
どのように用いるかは、「支出側の政策措置」になりますので、カーボンプライシングの特徴とは言えないかもしれませんが、カーボンプライシングがあるからこそ得られる財源であり、機会でもあるわけですね。これこそ「カーボンプライシングを成長戦略の一環として用いる」というテーマを実現化する最大のポイントだと思います。
(なおここでは、支出政策をどうデザインすることで、グリーン成長に大きく寄与できるか? という点はほとんど論じません。ぜひいろいろ考えてみてください。機会がありましたら、また回を改めて論考をしたためます)。
しかし、そのためには(通常のキャップアンドトレード型ETS導入では最初に適用される)無償割当タイプのETSではダメで,有償タイプ(オークションタイプと呼ばれることが多いです)ETSである(あるいはオークションを含む)ことが必要です。炭素税の場合には、税収という形になりますので問題はありません。
加えて、この政府収入は、エネルギー多消費で国際競争にさらされている企業の懸念に対応することもできます。これらの企業がカーボンプライシングに反対する理由の主要なものは、それによるコスト負担によって本来必要とされる技術開発の原資が喰われてしまう、というものです。
たとえば、そのような企業が、カーボンプライシングで年間1,000億円(=2,000万tCO2×5,000円/tCO2)の追加支出が必要だったとしましょう。そして,ゼロカーボン生産のための技術開発費用が年間約1,500億円とします。
この技術開発費用のうち1,000億円を政府が補助するというアプローチはいかがでしょうか? 見かけ上、プラスマイナスゼロに見えますが、カーボンプライシングによる支出はあくまでCO2排出量に比例するため、きちんとCO2排出削減のインセンティブ(コインの表面)は効きます。
これは一例ですが、企業の現在の競争力減少の緩和と、将来の技術開発促進策を、うまく融合する形で、支出政策をデザインすることで、多方面の懸念を払拭し、かつ長期にわたって成長に資することができると思います。
図3:カーボンプライシングのコインの表面と裏面
このカーボンプライシングのコインの両面を、それぞれどの省庁が受け持つとうまく機能するでしょうか? そうです、環境に関する「表面」は環境省、産業論的側面を担う「裏面」は経済産業省が担うとよさそうですね。ただ政府部内の政治的イシューはここでは論じないようにしましょう。
ここで財源の規模感を考えてみましょう。日本のエネルギー起源CO2排出量は、年間約10億トンです。カーボンプライシングでそのうちどの程度をカバーするか? は、制度設計次第です。たとえばEU‐ETSでは40%強がカバーされています。日本の温対法では、6億6,000万トン程度カバーされています。
せっかくですので、ここではわたしの提案のようなエコノミーワイドなものを想定しましょう。炭素税率や排出権価格ですが、数千円程度の数字から始まるでしょうから、とりあえず5,000円/tCO2としてみます。そうすると、
10億tCO2×5,000円/tCO2=5兆円/年
となります。けっこういろいろな政策に使えそうですね。将来は、目標が厳しくなるにつれ、排出量の方は当然減っていきますが、カーボンプライスはより高くなるでしょうから、しばらくは(カーボンニュートラルなエネルギーシステムの原型ができるまでは)政府収入は増えていく傾向にあると思います。ある程度そのようなエネルギーシステムができて動いてくれば、それ以降は減っていくでしょう(役割が終わって消え去るということですね)。
いずれにせよ、それなりの(数兆円規模の)大きさの「成長戦略の原資」が用意できるわけです。
それを、(そのコストを支払った経済への負の影響を凌駕する形で)きちんと持続可能な経済成長に結びつけることができるかどうかは、その支出側の政策措置次第になります。一般には、対策普及用の補助金は、非常に大きな規模になります。一方で、技術開発用は、一桁小さくて済みます。
ちなみに、再エネに関するFITにおける国民の経済負担は、年間4兆円弱です。負担とすれば同等規模ですので、国民経済に及ぼす影響もイメージが掴めるでしょう。
今回は、カーボンプライシング措置の「成長戦略」としての側面を考察してみました。いかがでしょう? 魅力的に映られたでしょうか?
(前編はこちら)
(お知らせ)
IGESでは、本コラムの著者の松尾直樹氏と田中勇伍氏によるコメンタリー「再エネ100%シナリオは本当に「現実的ではない」のか?:電⼒部⾨脱炭素化の実現のため、対策オプションの幅を拡げよう」を公表しています。総合資源エネルギー調査会基本政策分科会第43回会合におけるRITEの分析に対するコメントとなっております。こちらもぜひご覧になってください。
IGES:再エネ100%シナリオは本当に「現実的ではない」のか?:電⼒部⾨脱炭素化の実現のため、対策オプションの幅を拡げよう
気候変動の最新記事